2023/06/12

代休の効果とは

このブログの随所に書いた代休についてのまとめ記事です。休日出勤させても、あとで代休させれば、休日労働、時間外労働とは相殺できる、なかったことにできる、と勘違いされている経営者多数いらっしゃいます。

そこでネット記事を検索してみたのですが、休日出勤と割増賃金の相殺、すなわち「時間」と「賃金」の相殺について書かれた記事が大半で、時間は時間と賃金は賃金とを書きわけた記事がほとんどみあたらなかったのです。ここでは「時間」と「時間」の相殺について書き留めておきます。

たとえば今月の残業が、45時間越えそうだ、超えてしまったので、急遽代休させる、あるいはいつかわからないけれど代休させるので、36協定時間に計上しなくともよい、という誤った考えがはびこっています。労働者からの質問で、代休とれずに、あるいは公休消化できずに退職するけど、どうしたらいいかという質問を結構みかけます。その裏事情には、休日出勤の賃金が一銭もはらわれていないことがうかがえます。

一度、法定労働時間を超えてしまえば、超えたという事実は、あとから何かをして帳消しにすることはできません。法定労働時間とは日8時間、週40時間のことで、この時間をこえた労働は時間外労働として扱われ、36協定無しには労働させることができません。

どういう理屈をこねてだか、代休させることで時間外労働をさせた事実を消し去ろうとします。ある日10時間働かせ、2時間時間外労働が発生しました。翌日所定8時間のところ、2時間早帰りさせたとして、見かけ上相殺されるのは、給与明細上の支払賃金です。

時給1500円で説明します。ある日10時間働かせたので、

1500円×8時間+1500円×1.25倍×2時間
=12000円+3750円=15750円

翌日8時間分12000円でなく、2時間早帰りの3000円マイナスすることで、割増賃金2時間分払わなくともよい、とはなりません。0.25倍部分の750円の支払がのこります。1日休日出勤の1日代休でもおなじことです。0.25もしくは0.35部分が残ります。一方で36協定の月間累計時間といったものはいっさい減りません。

以上は「時間」と「賃金」の相殺となっており、民法の相殺にあたりません。払うべき「賃金」と引き去る「賃金」との給与明細上の見かけの相殺です。時間外させた「時間」と代休や早帰りさせた「時間」同士の相殺はできません。

極端な話、ある日休日労働させ、その翌日以降その月末まで代休や有給で全休してもらったとしても、その休日労働させた事実は消えません。相殺できるのは、金銭の「債権」と「債務」の間で給与明細上払うものは払い、引けるものは引かせてもらう見かけ上の相殺できるのであって、「時間」と「賃金」の相殺はなしえないのです。また当月45時間超えた時間外労働時間を減数する効果は、代休にはありません。代休させたことで時間の唯一の効果は、代休させた週の40時間枠にゆとりができるというものです。その週の時間外労働のうち、週枠にカウントする時間で、40時間枠に空きが増えるということでしょう。その意味で法定外休日に休日出勤させた週に代休させれば、その週の40時間枠超の発生を抑える効果はありましょう。なんでもかんでも休日出勤を、法定休日労働や時間外労働に組み込んでおられるなら、そこは見直しされるといいでしょう。

(2023年6月12日投稿)

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2023/06/11

労働審判雑感

労働審判を在職中3回ほど経験させていただきました。3回とも労側からの訴えで始まったものの、みな雇用主側が満足する結果に落ち着きました。そこで労側に訴えられる雇用主サイドからみた雑感を書き残しておきます。

訴えられた場合、こちらの準備期間は正味1か月あるかないかです。顧問弁護士がいればいいですが、いなければ受件してくれる弁護士を早急に確保せねばなりません。相手は、準備に数カ月かけて申立書を立案できますが、訴えられたこちらはそうはいきません。第1回期日はきめられておりその1週間前だか答弁書を送付しておかねばならないからです。これが正味1か月あるかないかの正体です。

訴えられるかにかかわらず問題社員をかかえるのは、雇用主にとっては向き合わねばならないリスクですが、対策はないわけではありません。ともかく普段から克明に記録を取っておくことです。日時場所天候、その日その日どういう仕事をさせたか、労働者の言動、対する使用者の教育指導、誰がかかわっていてなにを言いきかせ、そのリアクションがどうだったか、その後の効果の有無までみっちり記録しておくことです。こういった記録を残してあれば、相談を受けた弁護士も勝ち筋を見いだせやすいでしょう。

送られてきた申立書にあることないこと書かれてあるものです。訴える弁護士も労働者の言い分だけから、訴状に書きやすい部分を、定型文におとしこんで作文書面にするのでしょう。だいたい問題社員は、勤務部署でも上司同僚と衝突しがちで、コミュニケーション力に疑問符がついてます。上司同僚側に問題あるなら別ですが、当の本人に問題があるのに、自身に問題があるとは自覚してないので、そこがなかなか厄介なのです。当然、受件した労側弁護士も当人との意思の疎通が成立しているのか、申立書を読んでみても垣間見えます。訴える労側に塩を送ることになりますが、送付前の作文された申立書を読んでみて、ここは違う、こうだとしっかりと、受件してくれる弁護士とやりとりされることです。無いことをさも有利に書いてもらって、結局反論で足すくわれるのはあなたなのですから。

使用者側に話を戻します。答弁書も、記録をもとに回答作成していきます。矛盾点があれば丁寧に指摘しておきます。業務で当人と接触したことのある顧客や外部の関係者に協力してくれるなら、当人との接触体験を書面にしてもらいます。申立書も定型文からのコピペがあるので、期日の審判員たちは労側の申立を一方的にうのみにすることはないです。先に書きましたがこちらの筋の通った裏付けのある答弁書を読んでもらえたなら、労側訴えに眉唾して双方の訴えを聞き分けてもらえます。審判の席でもこちらに非がなければ、問題のある社員をかかえて困っているのだと淡淡と堂々としていればいいです。なにかにつけ逆上あるいは居丈高な態度は、かえってこちらの非のある何かを隠したいと思われてしまいます。

当日は、地方裁判所の玄関ロビーに、事件名、開始時刻と審判場所が掲載されています。指定の階の受付をすますと相手方と接触しないよう、審判室をはさんで別々の部屋で何組かの当事者と待機します。訴訟とことなり審判は非公開です。当事者以外傍聴されることはありません。順番が回ってきたら、労側、使用側交互にこれまた接触しないよう審判室によばれ、それぞれの言い分を聞きます。20人くらいは向き合える大きな丸テーブル正面に本職裁判官の審判官、その両側に労側使用者側の経歴をもつ審判員が1名ずつ座っています。答弁書の内容について尋ねられ、いったん退室し待機し、どこまでゆずれるかも聞かれます。そうしたやり取りを何度か繰り返し相手方の希望でか、審判室で相手方とはじめて対峙します。

審判員から審尋があり双方回答し、または主張し、審判員からの提言で折り合えば、その内容を記した審判調書が作成されます。折り合わなければ、その地裁が抱える件数によるのでしょうけどおおよそ1カ月後の第2回期日が指定され、それでも折り合わねば第3回期日と進み、そこでも折り合わなければ審判委員3人の審判書が作成されます。それに対しては一方、または双方異議あるなら、審判は失効し本訴にすすむのでしょう。体験させてもらった審判では3回まですすんだことはありますが、調停成立となり内容的には労側のでっちあげを認めてもらえ、満足な結果となりました。

労働者と雇用主の間の個別労使紛争解決の場で、件数は圧倒的に労側利用ですが、使用者側からも申立できます。おかげで解雇社員のいすわる社宅立ち退きを期限を決めて調書にしてもらえたのには、金銭解決オンリーと思い込んでいただけにそこまで効力をおよぼせるのかとおどろきでした。ほどなく退去していきました。確定していない審判と違い、成立した調停は強制力があるとききます。あと付加金対象の申立ですと、本訴に移行してもいいように、申立書に予備的に書き込んでおくことだそうです。審判で決着した場合は日の目をみませんが、本訴に移行する際、追加できないとか。

(2023年6月11日投稿、2023年11月11日編集)

参考サイト
裁判所 労働審判

2023/06/08

官製ブラックリスト

厚労省(労基署)がブラックリストを公表するとひところ話題になったのですが、その内容のほとんどは、労災事故でヘルメットを着用させてなかったといった労働安全衛生法違反です。毎月更新して掲載されており、この掲載件数が毎月の新規案件なら労基署頑張ってるね!と言いたいのですが、1年掲載つづけるというので新規件数は掲載数の12分の1相当となり、ちょっとがっかりです。

労安衛法違反以外では最低賃金法違反が目立つくらいで、労基法違反はほとんどないです。でもこの程度でも立件送検するという労基署の本気度を知ってもらいたく、案件をピックアップします。転載でなく内容デフォルメしてありますので、個別詳細は 厚労省サイトをごらんください。

  • 雇入れに際し労働条件の書面を交付していなかった(15条違反)
  • 即日解雇に予告手当を支払わなかった(20条違反)
  • 労働者1名に賃金1か月分を支払わなかった(24条違反)
  • 労働者複数名に36協定を超える時間外労働を行った(32条違反)
  • 労働者1名に36協定を超える休日労働を行った(35条違反)
  • 労働者1名に月100時間以上の時間外休日労働を行った(36条違反)
  • 労働者1名に割増賃金を支払わなかった(37条違反)
  • 監督官に虚偽の報告をした(104条の2違反)
  • 法定帳簿に遅滞なく記載しなかった(108条違反)
  • 賃金台帳に虚偽の労働時間を記載した(同)
  • 労働者名簿等法定帳簿を保管していなかった(109条違反)
  • タイムカードを保管していなかった(同)

こちらはちょっと毛色のかわった事件です。

  • 4日以上の労災休業事故があったのに死傷病報告を遅滞なくなさなかった(安衛法100条違反)
  • 同虚偽の報告をした(同)

掲載場所が、長時間労働対策のページです。掲載場所に恥じない取り組みを監督官にはお願いしたいものです。

(2023年6月8日投稿)

2023/06/01

労災勘違いあるある

労災保険給付にまつわる勘違いあるあるです。

使わせない理由

被災労働者に労災保険給付使わせない理由が、保険料に跳ね返るというものです。跳ね返るのはメリット制が適用されるそれなりの規模の事業所が対象です。メリット制の適用のない事業所は保険料に跳ね返りません。また労災保険の対象である通勤労災もメリット制の対象外ですので、事業規模の大小にかかわらず、跳ね返りません。

自ら補償

通勤災害の給付をのぞき、業務上災害で労災保険給付使わせず、事業者が自腹で補償する分は問題ありませんが、その場合でも、医療機関で健康保険をつかわせると、詐欺罪を構成するので注意が必要です。詐欺罪には罰金刑がありませんので、猶予のつかない実刑判決は収監を意味します。かならず自費で治療を受けさせ事業者がその治療代を全額もつことです。自由診療扱いとなると、医療機関の言い値(保険診療の10倍相当)ですので、すなおに労災保険給付しておくのがいいでしょう。

労災隠し

労災保険給付使わせないことをもって「労災隠し」呼ばわりするのも困ったものです。労災隠しは、労災保険使わせないことにではなく、休業日数に応じ、労基署に死傷病報告をなさないことをいいます(労働安全衛生法違反)。先に述べたように、労災保険つかわなくても事業者が労基法にさだめた補償をすればいいのです。この補償をしない場合は、労基法の罰則が待っています。

通勤災害
業務上災害通勤災害
療養補償給付療養給付
休業補償給付休業給付
傷病補償年金傷病年金
障害補償給付障害給付
遺族補償給付遺族給付
葬祭料葬祭給付
介護補償給付介護給付

労災保険給付に通勤災害を対象としています。昔は通勤(帰宅)途上のケガは健康保険でカバーされていましたが、法改正で労災保険で受け持つこととなりました。この経緯をしらない識者が、通勤災害も雇用主の責任だと論説するのをたまに見聞きします。通勤災害は、あくまでも制度上労災保険でカバーするのであって、私傷病の範疇です。給付名も、「休業補償給付(業務上災害)」「休業給付(通勤災害)」と「補償」がつくつかないで使いわけていることからもわかります。通勤災害に、使用者の補償責任は生じません。ですので、後に記述する休業最初の3日の補償義務もなく、通勤被災労働者は休業給付でるまで年次有給休暇をあてるか欠勤無給になります。なお、帰宅途上でも事業者敷地内での被災は、労災保険上業務上災害として扱われます。業務上被災とみなすのでなく、施設管理者責任ということでしょう。

打切補償

打切補償といって労基法の補償で、労災保険にない補償があります。この打切補償をすれば、今後事業主の労災補償しなくともよい、というものです。治療継続して休業でも在籍している限り、社会保険料の会社負担が重くのしかかりますので、打切りたいのはわからなくもないです。平均賃金の1200日分を一括で支払うことになります。3年経過時、労災保険の傷病補償年金を受給していれば、打切り補償したものとして、解雇可能となります。ただ受給に至らないものの治療を受け続けている場合、解雇したければ高額の打切補償となります。これをどう解釈するのか、1200日は3年ちょっとなので、これまで払った休業補償3年分に置き換え、1円もはらわず打切りしてくるという、ぶったまげ事業者がいます。あくまでも追加の一括払いです。

労基法の災害規定

労災保険法として立派な制度があるのに、なぜ労基法におなじような労災補償の規定がいまだに死文かのように取り残されているのかという点について触れておきたいと思います。労災保険法は手続法としての役割があり、対して労基法は、使用者に無過失責任として補償義務を負わす実体法です。被災者が労災保険給付を受けた範囲で使用者は労基法上の補償義務を免れるという立ち位置になります。労基法の補償規定は、無意味化して削除されないまま放置されているのではありません。

休業補償

勘違いというほどではありませんが、休業最初の3日間は労災保険給付からはありませんのでこちらは雇用主が直接補償せねばなりません。休業4日目から労災保険の給付が始まりますので、4日目以降労基法の補償義務から免れます。給付のない最初の3日は労基法の義務となります。休業する場合、被災日が第1日となりますが、所定労働時間後の被災は、翌日起算となります。事業主の補償は平均賃金の6割でいいのですが、賃金出る場合、平均賃金6割下回る差額でなく、平均賃金ともらい受けた賃金の差額の6割となります(労基法施行規則38条)。

(2023年6月1日投稿、2023年10月1日編集)

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